2月 2, 2012

世の中にある全てのものは「誰か」に向けて作られている。
 自分が、ソレを気に入らなければ「ああ、これは俺がターゲットでは無かったのだ」と思えばいい。

 既製品の服を買ってきて、俺の体系と合わない。とグダグダ言うならばオーダーメイドすればいい。
 ネガティブキャンペーンやってる場合か。

 遊びもしないゲームを、読みもしない漫画を、興味もない声優を、知りもしない議論を。
 上から目線で語って悦に入るのはどうか。

 既にある物に対してああだこうだ言うことは、とても簡単だ。
 自分が作れもしないゲームを、描けもしない漫画を、出来もしない活動を、上から目線でああだこうだ言うのは自尊心を満足させる。その実自分は何者でもない。
 安すぎるプライドだ。プライドの使い場所が違う。
 甚だしい自我の肥大は見ていて不愉快、というか哀れに感じる。
 そんなところで、プライドを満足させていては、帰着するところは何も成せない人間だ。
 だから、現実を直視せずに、安いプライドを満足させ続ける。

2月 2, 2012
生え際が後退してんじゃなくて、オレという存在が前進しているだけ

Twitter / @haruhara

髪も連れてけよ

(via shinoddddd)

(xyoから)

2月 1, 2012
酒が人間をダメにするんじゃない。酒は人間が「もともとダメ」だということを教えてくれるものだ。
by 立川談志
2月 1, 2012
僕は取材に来たジャーナリストからこう言われたことがある。
 「ゴミが集まるところを透明にして、外にある廃棄物をことごとく見せつけるというのは、既成のデザインとは逆の発想ですね。これは、リチャード・ロジャーズが、建物のまさに心臓部である空調機器とエスカレーターをむき出しにしたポンピドウー・センターの設計で先駆けた、ポストモダニズムの建築スタイルに賛同するものなんでしょうか?」
 「いいえ、ゴミが一杯になったらわかるようにしただけです」
2月 1, 2012
  • 10 人くらいのグループでは 1 人だけすごく頑張っている人がいて、その人のおかげで回っている。
  • 10 人くらいのグループでは 1 人だけ仕事がダメダメすぎて、その人を貶めることで保身する。
  • 残りの 8 人は歯車であることに徹する。
  • 1月 31, 2012
    混乱しているのは頭だけ。疲弊しているのは身体だけ。不足しているのは資金だけ。枯渇しているのは才能だけ。大丈夫や。俺は絶対に大丈夫や。
    1月 30, 2012
    クリエイティブな人ほど・・・ ・他人から意見を否定される回数が増える。なぜなら、新しいアイデアを数多く出せることこそ、クリエイティブの証だから。

    ・他人から意見を否定されることを好む。
     なぜなら、自分のアイデアが進化するいいチャンスだから。

    ・他の人の意見を取り入れることを好む。
     なぜなら、評価されるのが自分の意見かどうかが重要なのではなく、世の中にインパクトを与えるアイデアをつくりあげられるかどうかが重要だから。

    ・アイデアをアイデアのままに終わらせずに、現実化させようとする。
     なぜなら、現実化されないアイデアなんて何の役にもたたないことをよく知っているから。現実化する過程こそ価値があることを知っているから。

    だから、 何回も何回もダメ出しされる環境に身を置きながら、 他人の考え方をどんどん真似し吸収し、 アイデアをとにかく現実化し続けること。
    これが、ルーティーン作業をただこなす人からクリエイティブ作業ができる人への、脱皮の近道で、 君は現在まさにその途上にいる。
    1月 29, 2012
    これといった特技がない人は淘汰されがち。特技がなくても、適当な学力と常識と頭さえあればやっていけた時代は終わった。これからは人柄をよくしてそれなりに世間のなかでやっていくほうがいいけど、それだと金持ちにはなれない。
    1月 29, 2012
    1月 26, 2012
    「勇気がないから行動できない」のではなく、「行動すると勇気が出る」し、「他人の目が気になるから、言いたいことが言えない」のではなく、「言いたいことを言うと、他人の目が気にならなくなる」のです。  これは、自転車とそのランプの関係にとてもよく似ています。
    1月 26, 2012
    人生は短いですから、頭の固い人と付き合うひまはありません。
    私は理解してくれない人と出会っても、さらっと流すようにしてきました。
    そうすることで、気の合わない人には
    あまり出会わずにすむようになってきたかもしれません。
    1月 25, 2012
    俺は「苦労は報われる」とか「苦労はいいことだ」みたいな考え方が大っ嫌いで、その理由の一つはまさにこれだな、と思った。苦労すると他人が苦労してないのを許せなくなる。他人が苦労するように働きかける。みんなが苦労しなきゃいけなくなる。
    1月 25, 2012
    自衛隊の演習で相手を撹乱するためによく使ったテクニックに「存在しないものに名前をつける」ってのがある。名前がある=存在する。これをうまく相手に誤認識させる。草食系男子なんてのは5年前には存在しなかった
    1月 25, 2012

    自分が自分でなくなりそうになったとき、きちんと本来の自分を取り戻せる「お守り」として運動を捉えることができたら、運動自体が最強の精神安定剤になります。これさえあれば、いつでも、どんなときでも元の自分に戻れるという安心感を運動で得ることができると思うと嬉しいです。

    思えば私が早起きを習慣と出来たのも、「早起き=何でもうまくいく」と、自分の経験から紐づけできたおかげ。この習慣と同じように、「運動=何でもうまくいく」と紐づけできたら、自分で自分を安定させる材料をまた増やすことができますよね。

    1月 25, 2012
    ・これは、じぶんのためにメモしたことなのだけれど、
     もっと普遍化してもいいんじゃないかと思って、
     少々ぶしつけではありますが、
     ここに記す次第であります。
     
     なめるな。

     この4文字であります。
     じぶんが、なにとなにを、なめているか?
     それを、とにかくチェックすることが大事だと、
     そう思ったのです。
     
     攻撃型の選手が「守備をなめてないか」
     都会で育った人が、「地方をなめてないか」
     おとなは、「こどもをなめてないか」
     不良少年は、「不良じゃない子をなめてないか」
     先進国の人々は、「開発途上国の人をなめてないか」
     忙しそうに働きまくる人は「休息をなめてないか」
     男は、「女をなめてないか」、またはその逆。
     感情は、「論理をなめてないか」
     というふうに考えていくと、
     あんがい、人はなめてばかりいるように思いませんか。

     金をなめてないか、貧乏をなめてないか、
     運動をなめてないか、病気をなめてないか、
     地震をなめてないか、津波をなめてないか、
     テレビをなめてないか、新聞をなめてないか、
     インターネットをなめてないか、個人をなめてないか、
     お笑いをなめてないか、イケメンをなめてないか、
     歴史をなめてないか、チンパンジーをなめてないか、
     微量元素をなめてないか、肥満をなめてないか‥‥。
     ほんとに、なめてることは多いと思いますよー。
     
     そしてそして、他の人をなめてないか。
     特に、敵をなめてないか。
     さらに、大問題は、じぶん自身をなめてないか。
     どうでしょうか? ぼくは、正直言って、
     それなりにいろいろ、なめていたように思います。
     気をつけるようにしてから、やや、なめなくなりました。
     ほんとに、なめることの弊害は、なめちゃだめですよね。